DX事業を推進する技術者対談
DX推進のリーダーたちが対談します。
権限もやりがいも用意するので、あるべき姿を思う存分追求してほしい。
在宅介護テックが持つポテンシャルとチャレンジする意義とは?
高齢化が進む今、介護業界は成長が見込まれている一方で、小規模な事業者が多くアナログな事業運営から脱却できず、生産性の低さが目立つ。こうした中、全国の介護事業者とつながりを持つある企業が、 在宅介護テックを軸に業界の生産性向上を狙った活動を本格化させている。
ヤマシタは、介護用品レンタルや販売、ホテルや病院におけるリネンサプライの2事業を展開している企業だ。2013年に山下和洋氏が社長に就任して以降、経営基盤の強化を進めており、事業成長に向けたDX(デジタルトランスフォーメーション)推進に取り組んでいる。
同社はすでにEC(電子商取引)サービスなどで実績がある他、スタートアップと提携したサービス開発や既存事業の生産性向上を図るためのIT施策を推進しており、将来的には在宅介護テックサービスのプラットフォーマーとして収益力拡大を目指す(関連記事:成長市場の介護業界で売り上げ1兆円を目指す 在宅介護テック企業のポテンシャルは? )。プラットフォーマーとしての軸足を固めるべく、DX推進を支えるメンバーを募っている。
同社のDX推進に賛同するのが、カインズのDX推進で知られる池照直樹氏(カインズCDO《最高デジタル責任者》兼CIO《最高情報責任者》兼デジタル戦略本部長)だ。編集部は池照氏と共にヤマシタの小川邦治氏(社長室 DX推進責任者)と斎藤 聡氏(情報システム部 部長)に話を聞いた。
ITコンサルタントからDXリーダーに転身、理由は「成長を実感するために」
池照氏:私が所属するカインズも伝統的な小売企業で、組織をどう変革するかは大きなテーマです。早速ですが、ITコンサルタントとしてさまざまな企業を見てきた小川さんが、なぜヤマシタに参加しようと考えたのでしょうか。
小川氏:私がヤマシタのDX推進に貢献しようと決断した理由は3つあります。まず、ヤマシタが介護福祉領域でビジネスを展開しており、社会貢献できる企業であること。次に、国内における数少ない成長産業である介護福祉業界に携わることに面白さを感じたことです。そして、自分自身の貢献を実感できる事業規模であることも重要でした。結果が見えやすく責任は大きいです。 部門ごとに業務が細分化されがちな大企業と比べて自身の裁量できる範囲が広いため、腕を試したいITエンジニアやコンサルタントにとって挑戦しがいがある環境だと思います。
池照氏:規模の大きな企業になると組織階層が多くなりやすく、経営層と業務オペレーションを担う部門との間で課題や認識のギャップが生まれやすくなりますよね。結果としてリスク判断が遅くなったり、組織内の課題を解決できずに機能不全に陥ったりすることもあります。経営とDX推進部門が近い視点で課題を認識して判断できる環境はDX推進に欠かせません。
池照直樹
カインズ執行役員チーフデジタルオフィサー(CDO)兼チーフイノベーションオフィサー(CIO)兼デジタル戦略本部長。伝統的な小売業だったカインズのDXをリードする
小川邦治
ヤマシタ 社長室 DX推進責任者。アクセンチュアで小売業を中心とした顧客企業のDX推進を支援してきた経験を持つ。2022年12月入社
「トップがテック業界のトレンドに理解がある」はテックリードが生きる職場の条件
斎藤氏:私は、組織階層の少なさは実務担当者が適切な裁量を持つ上で重要だと考えています。技術者の視点から見ると、自分の仕事が“礎”として残ることを実感できる規模であることも重要です。ヤマシタは経営層とIT部門の距離が近く、さまざまな提案を受け入れてもらい、プロジェクトを任せてもらっています。
小川氏:社長がITに理解があることは私にとって大きな魅力でした。「デジタル化」を経営のお題に掲げていても、具体的な実行まで至らない企業や、局所的な取り組みに終始してしまう企業が数多くある中、山下が自らのビジョンを実現するためにITをどう使っていくかを明確に語っていたのが印象的でした。
池照氏:経営層のITリテラシーの低さがDX推進の障壁になっているとよく聞きます。重要な経営判断をする場面で、経営層が情報システム部門やDX推進担当に「よく分からないから任せるよ」と委ねるとどうなるか。情報システム部門やDX推進担当には技術的な評価以上の決断が難しく、結果としてDXが停滞します。トップがITを理解して実務担当者と課題を共有している企業ほど、現場に任せながらトップがリードして事業を運営できる体制になっています。
小川氏:DXとは組織や事業全体の「トランスフォーメーション」(変化)ですから、IT環境を変えるだけでは成し得ません。経営と現場が近ければ、一丸となって取り組みやすくなると思います。
池照氏:ヤマシタの強みは、競争力の源泉が従業員のエンパワーメントにあることですね。従業員の力業の力に直結している。歴史の長い業界の課題として、働き方を変えるDX推進への抵抗が大きいことが挙げられます。逆説的ですが、挑戦をいとわない組織は業界の中で大きな競争力を持つようになるでしょう。同時に、その組織のDX推進がきっかけとなって業界全体の改革が進む可能性もあります。ITエンジニア発の提案によって業界全体の課題が解決に向かうこともあり得るでしょう。
斎藤 聡
ヤマシタ 情報システム部 部長。2030年、2050年に向けて中長期のITシステム企画を検討する立場にある
社会課題解決に貢献していることを体感する
「自分の仕事が会社にどう貢献しているか分からない」と悩むITエンジニアは多いようです。
池照氏:カインズに転職してきたITエンジニアが前職で感じていた不満がまさにそれでした。カインズは、システム類やツールを開発する時に『100点を目指さず、80点でリリースする』ことを心掛けています。早くリリースして 、実務担当者のフィードバックを受けながら現場で活用されるシステムに“育てる”仕組みを整えています。このプロセスはITエンジニア冥利(みょうり)に尽きるようで、「価値のある仕事をしている」という感覚で仕事に取り組めているようです。
斎藤氏:ヤマシタも、エンジニアがフィードバックを直接受ける環境を大切にしています。従業員や各事業のエンドユーザーなどの「実際に使う人」からフィードバックを受けて、会社だけでなく社会に貢献していることを実感することで、ITエンジニアがより良いものを作るという仕組みです。
池照氏:「自分ごと」としてものごとに取り組める環境は、働く上でも成長する上でも重要ですね。
斎藤氏:ヤマシタは現在、基幹システムの刷新をはじめとするさまざまなDX推進プロジェクトを進めています。
図:ヤマシタが推進するDXによる企業進化のマイルストーン(出典:ヤマシタ作成資料)
斎藤氏:基幹システムの刷新は計画立案から企画段階に入ったところで、これから実装や開発、テスト、運用などに進んでいきます。システムのライフサイクル全体を一貫して経験できるのはITエンジニアにとって大きな価値となるはずです。今後、具体的なソリューション選定を進める中で、最新技術を自らの手で評価して実装できます。
図:ヤマシタが提供する一連のシステムライフサイクルの経験。エンジニアの価値を上げる経験の幅を広げる環境を提供する(出典:ヤマシタ作成資料)
斎藤氏:制約条件もありますが、アーキテクチャ構想から運用まであるべき姿を追求しやすい環境です。分散型のアーキテクチャに移行しつつ、適材適所でクラウドサービスも生かしながら新しい技術を採用していく考えです。
図:ヤマシタが推進するDXによる企業進化のマイルストーン(出典:ヤマシタ作成資料)
介護業界全体の生産性向上をリード
在宅介護テックにおいても幾つかの構想があると聞きました。技術的にはどんなチャレンジになるでしょうか。
斎藤氏:今後は介護事業で得られる歩行等の日常生活動作(ADL)のデータを定期的に収集して、それを分析し、ご利用者さまへの用具利用方法のアドバイスや改善提案等へフィードバックの実施、あるいは、ケアマネジャーへの精緻な報告による適切な全体プランの策定への支援等を図り、最終的にはご利用者さまの生活の質(QoL)の向上に寄与したいと考えています。次期システムでは、将来的な情報活用を念頭に基盤構成やデータ管理方法を検討する予定です。
小川氏:ヤマシタの場合、ユーザーにはご利用者さま、ご利用者さまの家族、ケアマネジャーといったさまざまな立場の方が含まれます。サービス開発に当たってはユーザー全員が幸せになるという“ゴール”を考えられる多角的な視点が必要です。将来的にさまざまな介護データを活用する場合も、この視点が重要になるでしょう。
今、介護業界全体の生産性向上のために業務プロセスの標準化が検討されています。業界団体のプロジェクトの委員長を社長自らが務めるなど、 積極的に参加している点も当社の強みです。国も2023年に「ケアプランデータ連携システム」をスタートさせ、事業者ごとに独立したシステムではなく複数のケアマネジャーのケアプランを連携させる取り組みを開始します。ヤマシタでもAPI連携をする取り組みをすでに開始しています。
池照氏:1つの企業が制度を変えることは難しいですが、リーダー企業が業界の改革をけん引することで実務担当者の働き方やサービスへの意識を変えることは可能です。こうした地道な取り組みも重要だと思います。
組織が停滞しないためにチャレンジする人材を支援し、評価していく
斎藤氏:今、当社のチャレンジに賛同するITエンジニアの採用を本格化させています。チャレンジできる場がなければ、組織は停滞して人が育たなくなります。入社後は、得意分野を生かしていただくのはもちろんですが、興味があれば手を上げてどんどん別のプロジェクトでスキルアップに挑戦して刺激を受けていただきたいと思います。こうしたチャレンジを評価する制度も整えています。
小川氏:技術面では先ほどお話しした基幹システムのマイクロサービス化の他、介護の実務を担う各地のケアマネジャーとのエンゲージメント強化のための業務支援アプリケーションの開発にも注力しています。また、介護テック に関連したロボティクスやIoT(モノのインターネット)を生かしたデータ活用も今後検討していきます。
池照氏:中期的には、学ぶ機会を絶やさない仕掛けも重要ですね。水漏れの穴をふさぐような仕事ではなく、事業の成長に伴って学ぶ機会が増し、理にかなった形でブラッシュアップし続けられるアーキテクチャを考えたいところです。幾つかの軸で方針を作り、クラウドサービスなどの「ありもの」をうまく使いながら開発を進めることで、ITエンジニアの成長機会も増えるはずです。これからが楽しみですね。